3・11と負の景観〜人間性を培う景観の合理性を求めて〜 高野瀬 恒吉（会員）
過去の記録にもない大地震は、各地に大津波を引き起こし、安全を誇った「福島第一原子力発電所」は機能を喪失し、放射線物質拡散の危機を発生させた。
筆舌に尽くし難い三重苦の実態、そうして、津波が建物も、車も人も、地上のあらゆるものを一呑みにして一掃する有様などは、「日本に稀有の危機発生・日本国は半身不随の奈落に落ちた！」と、具に世界の隅々まで報道された。
報道に反応した国内の、また世界の有志の方々が、即座に立ち上がって、慈善の手を差し伸べて下さった「博愛」の心情に感謝いたします。
1）災害がもたらす発想の転換
私達の平均寿命は延びたとは云え、確かに伸び率は大きいが、21世紀に亘る人間の歴史を回想すれば、一人の人生が50年から80年に延びた程度で、ほんの少しの長さに過ぎない。しかも、その少しの期間から、生育期と老憊期（ろうはいき）を抜くと、有為の期間は何程でもない！と、自問自答せざるを得ません。
それだけに、私達が、奇しくも遭遇した史上稀有の大災害は、「未来を背負う世代の役に立つ教訓」となるので、情況と復興の経緯を記録に残して置かねばならない義務があると思います。
災害の影響は広範多岐にわたり、役場も人も資料も生活までも失い、すべてが無の現況では、如何にしたら立ち直れるのか、何れにしても、容易なものではありません。
災難を受けた人々が「復興」の気概を持てる環境造りには、当面は別として、先々の日常生活の拠り所にする場所択びが必要です。
即ち、「人が住むに相応しい場所択び」は、意識的に過去に捉われないで新しい「景観」を想像する事から始めます。
体験で得た慣習からの脱出は容易な事ではありませんが、拠り所の総てを失った今こそ、旧きを捨てる英断が、「発想の転換」をさせて呉れる事でしょう。
私は、十数年前、小角画伯に付いて写生に行った事のある五浦海岸の"岡倉天心が築いた、赤い色の鮮やかな六角堂が跡形も無く流された光景をＴＶで見た瞬間、思わず、あーッ！と声が出ましたが、其の後、津波が静まった跡には、六角堂は消えてはいるが、山並みと岬や海辺は静かで何事も無かった如くに平然と見える光景に、ただ唖然として見入るのみでした。
一瞬の津波が、いとも簡単に私の「記憶の景観」を変えたか？ ・・・六角堂が消えたから、何なのか？・・・自然界の悪戯は、どうしようもないなぁ・・・之でお終いなのか？・・・と、思考の混乱が残りました。
数日後、26日付け朝日新聞の天声人語に、「建築家、安藤忠雄さんの言葉として、"これほどの範囲で風景が消え、物理的にも精神的にも総てが一気に奪われるとは"と慨嘆する。土地の人が慣れ親しんだ景色は、変るという手順を飛ばして眼前で消えた、」と記し、またリアス式海岸に住む一女性の被害者の言葉は、「みんな、もう海辺には住まないって、もう海なんかいらない」と語る、と記されていました。（原文のまま）
新聞・ＴＶなどの報道で見る、宮古や釜石など、名勝の連なる東北海岸の各地が既往の景観を潰された惨状は「自然界が持つ巨大なエネルギーが為す諸行無常の現実」と云う仕種を納得する他ありません、人智で図り知ることの出来ない天命の威厳の程を、如実に見せ付けられた思いです。
では、「消えた景観」が人に与えた「心の空洞」は、どうしたら埋めることが出来るのだろうか、ここに論点を絞りたい。
自然が為した災害の一方で、誘発とは言え人の力不足が自から招いた災害であった、「原子力発電所の事故」の勃発である。
科学者が経験と最新鋭の機能を駆使し、数百年の歴史の記録と他国の実績を頼りに諸条件の想定もこなした上で築いた理想の設備と云われていたが、総てがものの見事に覆された。
事件に付随する「放射線物質」拡散は広範囲に及ぶ人災となって"放射線被曝"の恐怖は世界の人を驚かしている。
(左下へ続く)
元凶を探れば、戦後の豊かさに慣れ、際限なき欲望を追って、「求められる儘の電力量補給の手段」に思いついた選択肢の一つが「原子力発電」にあったのだが、「原子のコントロール上に危険をはらむ魔物」の見極め方が不足だったのではないかと非難される由縁である。
操業の至便さから立地を海臨に選び、発電所辺りの背景には、「都市景観」の構想を考慮に入れた近代施設として進められて来たが、海浜なるが故に福島第一発電所は挫折し、今また浜岡発電所が操業停止に追い込まれた。
折角、発電所が醸し出した景観のイメージも破壊されたいま、これから如何様な景観に変貌するか、これもまた「諸行無常」の自然の掟と向き合う人間の運命と認識するにやぶさかでは有りません。
3）景観の範疇を探る
ここで、原子力発電所事故の及ぼす人的災難はさておくとして、景観の中で、屡々「醜い景観」、「汚い景観」或は「下品な景観」などの言葉を耳にします、前文に「○○景観に較べて」を冠して比較級にされる場合と無冠の場合とありますが、無冠の場合には奥歯に物の挟まるような抵抗を感じます。
今回の大震災、大津波を被って、「一変した地域の無惨な光景」其の侭の姿を、「景観の範疇」に入れて、然る可か、否かです。
私達の世代で見たことも想像したこともない、異様な光景を、何と評価するべきか、でありましょう、震災後の光景（TV・新聞写真・PCなどの画像から知る）は、私の受ける情念からは「景観の範疇」に入れたいと思いました。
勿論、諸兄姉には、夫々に異論もありましょうが、ここで定義を論ずる心算のものではありません。
いま一つ「空間の存在」に景観を認識するには、其処に何らかの容（かたち）で「人が係わった事象がある」こと、を前提にしたい思いがあります。
しかし、観光広告等の掲載に、景色・風景・風光・情景・光景と色々の語が使われますが、必ずしも景観の本質には無意識的に使われたものとするなれば、たとえ「景観を否定する言葉」が付いていても、別段の異論をさし挟むものではありません。
そもそも「景観」の用語は、県の景観シンポジウムで講演した、親泊素子先生が紹介された書物「ランドスケープの新しい波」の「景観行政の根底のコンセプトとは何か」を読んで、インターネットで調べたところ [フリー百科辞典「ウィキペディア」に拠れば"英語のランドスケープの訳語で、もとは地理学で使用されていたのであるが、辻村太郎氏が著書で、三好学氏がドイツのランドシャフトの観念を学術的に伝える際にあてた用語としている]とありました。
園芸・建設・工学等々「景観思考」には随所に取り入れられています。
意外に取り付き難い用語でありながら、国交省の法律やマスコミ報道にも広く使われ、経済効果の貢献度の視野に入れたり、地域行政に「景観行政」の熟語も散見されます。
(左下へ続く)
先にも触れましたが、「東日本大震災」で棲家や財産を失い避難の耐乏生活を強いられて、心身ともに休まることの無い人達は、一日も早く安住の場所に移りたい、しかも大多数の人は、可能な限り恋しい「あの地」に戻りたい願望と闘い悩んでいる。
被災前の、生きがいで協働していた地域社会に復帰したい気持ちの現れは、岩手県の大津波で根こそぎ奪われた「７万本の松原に奇しくも１本だけ残った松の木」のもとに集まって、「松原の再現」をしようと叫ぶ人達の熱意の有り態をTVの映像で見たときで、そのムードは彼等の脳裏に焼き付いた「あの景観」から離れることが出来ない性（さが）であった。
また、千年の寿命を持つ三春の桜は、震災などものともせず、見事に花をつけた勇姿と健在振りを慕って集う人波は、被災で里を離れた人達の心の癒しのように見受けられた。
これ等の人達には、生れ育った「あの景観」の地に戻りたいが、戻ることが叶えられない現実の悩みに苦しんではいるが「育ち、育てられた風土が培った人間性」は強かった、苦難に耐える根性が、兎にも角にも先ず地域の修復をしたいとする意欲を燃している様子が窺（うかが）える。
よく景観十年、風景百年、風土千年と聞きますが、そもそも生物は何兆・何億年もの長い年月の間、地殻や温度の変動を繰り返している地球と言う「母なる大地」に発祥したが、存在する環境に即応して生き永らえてきた動物・植物・細菌・細胞等総ての生物は、種族保全の本能のもとに縄張り争いしながら適当にバランスをとって、栄枯盛衰を繰り返して来た。
其の中で独特の感性をもった人類は、生活の便利さを求めて彷徨しながらも、居心地のよい場所を撰んで土着し、そこに文明文化の「都市景観」を開発する智恵を持っていた。
この人類が、生存の場所として撰んだ空間を「景観ある場所の存在」と愛で、長い時間をかけて、其処に固有の風土を醸成したのでしょう、その風土は、なんと「集団生活に有為の人間性」を培わなければならない運命を脊負っていたのです、人間が協同体を保っている所以でもあったでしょう。
翻って、震災、大津波が犯した光景とは、何だったのでしょうか。多数の人命が失われ、総ての資産をぶっ潰して出来た瓦礫の背景には、何処か違うが、昔に変らぬ山並みあり、緑の森は生きており、海辺から遥かに望む水面は静かに何事も無かったように望見される事でした。
大津波は、ビルの上で船腹を粗に見せて鎮座する客船を、壊れかかった建物の上に墜ちそうな格好で乗かつている自動車、見渡す限り「無」の世界と化した街並みなど、私達の世代が想像したこともない、珍奇な光景の現出でした。
ところが、破壊された光景を、じっと見つめていると、建物の壊れた残骸や瓦礫の間から、「私の天命は終っていません、謂れもなく存在を拒否され、ぶち壊されました」と囁く悲鳴が、此処かしこに聞こえるような気配を感じます。
「ものの命」が、燃え尽きない余命を還せ！ と訴える叫びのようで、天寿を全うし得ずして命を落とした被害者の無念の声と共鳴して、景観復元を望む郷愁の声となって、避難生活の人達の胸に迫り来る、異様な錯覚に陥ります。
ともあれ、荒廃したマイナスの光景から来る「得も言えぬ命の息吹」に遭遇するとき、変貌したのは自然の掟が為せる「必然」ではあるが、既存の総てを拒否してはいない、「景観の理念」は生きていたもの、と理由づけます。
其の思想は、「母なる大地の有する、生物の存在を拒否しない本質」は如何なる事態が起っても潜在を続けるものと信じるからです。
改めて云うなれば、「壊れたと思う景観も、存在を真っ向から全面的否定はされていない、其処には必ず新しい景観創生の芽が残されている」と、認識するものです。
左すれば、この破壊された光景にも「新しい景観」へ継続の意義が存在する、と考えられるのだから、被災の光景は敢えて景観の範疇に入れて「負の景観」と呼ぶことにしたいと思います。（おわり）
林立する標識 飯田 俊二（会員）●主に車の運転ドライバーへの情報のポールが多いようです。設置する役所（市、県、国）、また部署が異なるのか、極めて無秩序に設置されています。�ー�転車放置禁止、��国道の表示、�Ｂ�度制限標識、�っ鷦峩愡漾↓ゴЭ綯躇奸↓λ蛭肇�メラ、�С硬�等々。まちの景観を損なっています。
●海外のまちの様子をテレビで拝見しますが、このようなところはお目にかかりません。調和を図るための工夫が必要と感じます。あなたはどう感じますか。
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| それぞれの行政管轄で無秩序に立てられた標識 |
| 編 集 後 記 |
| 5月の陽光に新緑が透明にかがやく木々を縫いながら、手賀沼を望む景観を楽しむ春の庭園公開が終わりました。「この景観がいつまでも続いて・・・」と願う気持ちが例年より強かったのは、3.11大震災のさまざまな現象が、まだ生々しく記憶に留まっているからでしょうか。会員の高野瀬さんから、東日本大震災で失われた「景観」の再構築について、多岐にわたる想いを綴って投稿がありました。皆さまの感想をお寄せください！（濱田洋子） |
