特集 三樹荘と柳宗悦・柳宗理のこと
「三樹会」雑記帳 ―三樹荘あれこれ― 発行
三樹会は、当会の協力で、昨年11月に会員向けの冊子を発行した。内容は三樹会の生い立ちや三樹荘について、柳宗悦・長男宗理の「我孫子の思い出」、会の活動風景、錦秋や雪の風景などで構成されていて、三樹荘の事や三樹会の活動が良くわかる。巻末では柳宗悦の叔父嘉納治五郎と“オリンピック”の関係、柳宗理が1964年東京オリンピックのトーチをデザインした等、興味深い話も出てくる。 三樹会会員の瀧澤正一さんの手になるものである。詳しくは、我孫子の景観を育てる会のホームページで見ることができる。
柳宗悦「色紙和讃」と「美之法門」                           大塚 恒夫(会員)
昨年12月『三樹会雑記帳』をいただいて、そのひと月余り前、旅先の富山県南砺市城端(じょうはな)、真宗大谷派城端別院善徳寺で、柳宗悦の足跡に出会ったことを思い出した。

1.昭和21年、宗悦が五箇山に向かう途中、当寺に一泊した時のこと。宗悦が長年探し求めていた稀書「色紙和讃」(※1)の室町期の美麗な版本が当寺に所蔵されていて、それを見た宗悦が想像を超える見事さに驚嘆し、その時の感動を、「柳宗悦妙好人論集」(岩波文庫)の一項「色紙和讃について」に詳細に残している。
 ここにいう「色紙和讃」(写真)は、室町中期の文明5年(1473)に、蓮如上人が宗祖親鸞上人の著作「三帖和讃」と自身の著作「正信偈」(しょうしんげ※2)併せて4帖を色紙に木版印刷したもので、善徳寺所蔵のものは、蓮如上人没後天文22年(1553)に重版した「三帖和讃」(合計202枚)だが、刷数が僅かなため、現存を知られるものはきわめて少ない。
※1和讃:漢字・漢文の、仏・経典・教義・高僧の事績などに対して、わかりやすく和語を用いて誉め称える賛歌で、七五調の連句に節をつけて読誦(どくじゅ)する。和讃自体は各宗派にあるが、白い和紙に刷られたものが普通であり、「色紙和讃」のように工芸的にもレベルの高いものは真宗独特で、それもこの初版本が最高だという。
※2正信偈:正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)の略で、親鸞の著書『教行信証』の「行巻」の末尾に所収の偈文(げぶん)。真宗の要義大綱を七言60行 120句の偈文にまとめたものである。偈(げ)とは教文で、仏徳を讃え又は教理を説く詩。


2.当寺の中庭に、「美之法門宗悦」(本人筆)の石碑がある(写真)。
  
 これは後に宗悦が当寺に逗留中の昭和23年8月に、仏教美学の四部作の一つ、宗悦の美の根本思想を示す「美之法門」を一日で書き上げた記念碑で、碑の背面には、宗悦を終生の師と仰ぐ棟方志功筆の碑文「昭和廿三年八月佳晨(かしん)日(※3)候 美の法門開闡(かいせん)之處」(「美之法門ここに開く」の意か)がある。
※3:吉日と同義語 ※写真は筆者撮影
柳宗理の薬鑵                          西村 美智代(会員)
薬鑵(やかん)は、薬を煮出すのみ用いられた器具、私は薬鑵が好きなのです。

新聞を読んでいた或る日、素敵な薬鑵の記事を見ました。柳宗理氏のグッドデザイン賞受賞のステンレス製でIH対応とある。素直な形が好もしく早速求めました。
  つや消しのせいか、全く金属の冷たさがなく、柔らかく温かさを感じさせるヤカン。そして無駄なものが一切ない。それがなんとも美しい。まさに「用の美」と嬉しくなりました。

当時、インダストリアルデザイナーの柳宗理氏を存じ上げず、その時初めて柳宗悦氏のご子息とわかり、民芸運動の方達が愛でる「用の美」を彼も追及しているのだと改めて薬鑵を眺めました。
  以来15年余り愛用しています。唯、ステンレス焼けには困っています。磨かなければ・・・。

丈夫でなかった幼い頃、毎日薬鑵で煎じたセンブリ、ゲンノショウコを飲まされていました。すると薬鑵に孔が開き、時々回ってくる鋳掛け屋さんに溶接して孔を塞いで貰うのです。庭先で仕事をする鋳掛け屋さんの姿が今も目に浮かび懐かしい思いです。

今も、柳宗理氏のつや消しステンレスの薬鑵を愛用しています。そして満足です。
西村さん愛用の柳宗理デザインの薬鑵(やかん)

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