景観の本棚−3 松原隆一郎著「失われた景観」(PHP新書)        冨樫 道廣 (会員)
 (P2からのつづき)
  そこで当時、政府は都市開発の流れを各自治体に委譲して、緩和の方向にあったのである。事実、全国各地で造成や開発が盛んになり、例えば、川崎では団地の造成、横浜では宅地の開発などが多発して、それぞれの自治体は、それ相応の要綱を作ったり、これから盛んになる「まちづくり条例」が見え始めた頃でもあったのである。そこで真鶴町は、ここぞとばかり「まちづくり条例」の策定プロジェクトチームを立ちあげたのである。

  ここに特記しなければならないのは、そのメンバーに、「七人の侍」とも称される、外部からの見識ある専門家を招いたことである。それは法学者で弁護士の五十嵐敬喜、都市プランナーの野口和雄、建築家の池上修一などである。

  いよいよその「まちづくり条例」になるが、その基本理念は、冒頭にある、「真鶴町は古来より青い海と、輝く緑に恵まれた美しい豊かな町である。…」というホンネから始まる。そして町民はどう生きてきたか…。「資産を守り、これを活かし、歴史的、文化的な環境を形成して来た」と説明。そして、これからの「環境にかかわるあらゆる行為は、町民の福祉の向上に寄与しなければならない」というかなり高次元から、内外とくに外部からの挑戦者に対して牽制を投げかけている。

  そして一見他の自治体と同じように見られがちな「まちづくり条例」であるが、真鶴町が特別に一躍全国から注目を浴びたのは、その中に「美の原則」なる特異な項目が光りを放ったからである。そこからこの真鶴町の条例は「美の条例」とも呼ばれるようになるのである。

  その焦点になる「美の条例」は、これまでの規制基準が計量的に測定出来る客観性があるのに、ここで言う「美」の質的、感覚的なもの、基準を明らかにすることは全く困難なことである。

  真鶴町では、これを「8つの原則」に分けて、外部からの参入者にも分かりやすく分類した。それを説明すると、
‐貊蝓宗縮榲となるそれを尊重して、これまでの風景を支配したり、破壊してはならないこと。
格づけ――町のこれまでの記憶をもとにして表現すること。
尺度――あらゆるものの基準になるものは人間の大きさであること。
つ艦臓宗柔弔こい筏韻緑の自然に調和して、町全体と調和しなければならない。
ズ猯繊宗酬築材は町の材料を活かしてつくること。
α飾と芸術――建築には装飾が必要であり、それは芸術であり、町と一体化しなければならない。
Д灰潺絅縫謄――建築は人々のコミュニティを守り育てるためにある。人々には参加して守り育てる義務を有する。
眺め――建築は常に人々の眺めの中にあり、美しい眺めを育てるための努力をしなければならない。

  以上であるが、更にここでは省略させてもらうが、これでもかとなる69の「キーワード」からなる「美の基準」がつけ加えられているのである。
  いずれにせよ、これだけのガードが固められていても、その申請行為をどう捌くかが実際の問題であり、著者はそれを「デュー・プロセス」(建設行為の手続き)とよんで説明している。届出が出されてから事前公開や事前協議、あるいは意見書の提出、更には公聴会などで、不服があったら議会への上程など、かなり周到なプログラムが用意されているといえそうだ。

  以上が「美の条例」の概略であるが、プロセスで最も問題になりそうな、「土地の利用規制」などについて、著者は経済学者らしく、土地が売買の対象になるのは不合理だという、K・ポラニーやJ・ロックなどの哲学的な言い分を引き出して、生産要素としての、土地、貨幣、労働など売るためにあるのではないという議論を展開するが、景観には直接結びつかないとする筆者の判断で素通りすることにする。だが最後に興味ある説話を2つばかり紹介しておきたい。

  一つは、イギリスのチャールズ皇太子が、王立建築学会創立150周年の祝賀パーティーでのこと(1984年)、皇太子の役目は貢献度のある建築家への金メダルの授与であったが、その後の祝辞で、当時ロンドン市内のトラファルガー広場の美術館の増築の状況をみて、大変気に入らなかったらしく、愛すべき上品な友人の顔に奇怪なできものをつくっている様だと言ってのけたのでした。この皇太子はよく思いつきで行動をする人だとよく言われているのですが、美術館の増築には我慢がならなかったらしく、炸裂してしまったのでしょう。

  更にそれがそのあと、BBCが75分のドキュメンタリー番組に仕立てて放映すると、これが圧倒的な支持が寄せられ、とくに皇太子のもとには、5千通もの手紙に見まわれます。しかもその99%が国民が常に感じていることを前面に打ち出してくれてありがとうという感謝ばかり。そして翌年出版された皇太子の著書、「英国の未来像」という、古き良きイギリスを回復するための「10の原則」にまとめて世に出したというのです。前述の真鶴町の「8つの原則」はこれに習ったものと言われています。

  二つ目は、沖縄の石垣に竹富という美しい町なみのある町があるのですが、これが本土復帰の直前ぐらいから本土資本による土地の買い占めにあったと言うのです。島民たちはこれを深刻に受け止め、買戻しをしたそうです。この機会があって、わずか300人の町民ですが、自らの手で、島を守るための「売らない」、「壊さない」、「汚さない」、「乱さない」、「生かす」という5本柱の「竹富島憲章」を制定したのでした。真鶴町よりも一歩進んで目につくのは、新たにやって来た住民に、伝統文化から景観までを自治体が教育していることである。実際新しく宿を建設した人の話を聞くと、気が遠くなるほど教育指導が行われていて、各家々で門前を箒で掃き清めるための石庭のような美しい白砂の街路に出会えるというのだ。全く景観文化の育成の成果といいたいものだ。

  以上が本書の概略であり、著者の主張も含めて都市景観のホンネとも納得出来るものと思った。敢えて言うのならば、本書は我が国の一般まちづくりの教科書にもなり得ると思う。 ― END ―
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