景観の本棚−4 中村良夫著「風景学・実践編」(中公新書)        冨樫 道廣 (会員)
  本書は本シリーズ第一回に取り上げた同著者の『風景学入門』の続編ともいえるものである。
  著者の専攻、土木工学、都市工学の視座からの風景学としてより深く掘り下げたものとして高く評価されているものである。
  風景そのものに対する著者の基本的な姿勢は変わるものではなく、繰り返しになるが、強調しているのは、風景は常に人との関りなく存在するものではなくて、その場にいる人間の手や足が風景と共存するものだということ。それを描いた風景画とはその本質は全く異なるものであることを先ず読者に認識を求めることから本書はスタートする。
  著者は、これまで、風景を観念的、概念的にも第三者の冷静な眼で見てきたのだが、本書では実践編としただけあって、著者個人の眼で、具体的に一つ一つの風景を分析、評価を試みたところに最大の魅力を感じたのである。その分析に当たって著者は、5つのキーワードを設定する。それをタイトルに5つの章に分け、国内だけでなく、フランスはパリからアビニヨンや、リスボンのアウグスタ大通りなどにも眼を向ける。
  その5つのキーワードとは、〇訶澄↓言葉、身体、ぞ貊蝓↓ダ言というカテゴリーに分けている。文字面だけでは理解するには困難であると思われるので、一つずつ説明すると、,痢峪訶澄廚箸蓮風景を立面図として位置づける。本文には、京都宇治川を見る風景を例にあげ、二枚の写真を比較する。一枚目は宇治川を中央に流れる、真上からの航空写真である。川をはさんで、宅地や丘陵地が明確に色分け、識別できる。しかし地図を見ているようで立体感もなく、どのように風景が立ち上るのか全く分からない。それに比べて、宇治橋に立って川の上流を見た写真では、山のスカイラインはくっきり見えて、川と山、丘陵とはなんの因果関係はなくとも、遠近の感覚を明確に人の手と足が地についた風景として見せてくれている。これからすれば、航空写真の方はいかに正確な位置関係や方向性を指示してくれても風景とは言えない。

  次に△痢峺斥奸廚飽椶襦I景に直面する前に言葉がやってくるものがある。例を上げれば、「京都の東山三十六峰」である。何時の時代からそう呼ばれたのかは定かではないが、よそ者の目にはだらだらと続く東山の山なみにすぎないものにしか見えないものでも、京都に生まれ育った人々には、この盆地に限られた三十六の山峰が区切られて見えるのである。奥の比叡山や、大文字の如意ヶ嶽、それに続く銀閣寺の月待山など、一つ一つがランドマークになっているのかも知れない。その他特定の地域ではなくとも、一般に言われる代名詞に「水辺」や「山辺」と言うのがあるが、これも「水があって・・・」「山があって・・・」という理由づけはできないだろう。

  の「身体」に移ることにする。風景の現場にあって、視感覚に優れた風景は,痢峪訶澄廚嚢膂佞任ても、触感覚・臭感覚の秀でた風景があってもいい。冷たい水の川のせせらぎとか、菜の花畑からそよ吹く風に乗ってくる花の香りである。風景に直面する前にこれが優先してくるのだろう。

  い痢崗貊蝓廚箸蓮∪茲暴劼戮慎都の三十六峰のようによそ者にはダラダラ山脈でも、京都の人達には地理的な構造として一巻のテキストになって入力されていて、これを「場所」と言うことにする。これに相当するものは町中の道路、水路などの交通路(リンク)、更にはその結節点(ノード)になる交差点や駅、目に見える山の峰やテレビ塔などのランドマークなどと言われるものがその部類になるだろう。

  最後はイ痢崟言」の項目であるが、これは「風景の生成」と言った方がわかりやすい。
  
  我が国には古くから古い寺院などに「心字池」などと呼ばれる銘園が保存されていて、その廻りは複雑な「汀線」を描き、池の中央には中島があったり、何時か見ないうちにその廻りに小島が散りばめられたり、その奥には見事な盆栽の植栽が添えられたりする。その前に座って「禅」をくみ取ったり、新しい価値を得たりするものである。風景を新たに生成するとすれば、葛飾北斎の「富嶽三十六景」を見比べたらと思う。北斎の次々に移りゆく視点がその画を見れば克明に描かれているが、有名な「神奈川沖浪裏」に見る富士は、前景の大浪に吸収されて遠慮がちに遠く小さい。視点を移動することによって変形する霊山富士も新しい風貌を軽々と生成していく。
以上のような分析用具を用意しても、風景とは始めもなく終りもなく開かれたものであり、その要約もままならぬ価値生成のプロセスと言うことが出来るだろう。それぞれのツール、分析用具でも明確な分岐線や境界などつけることも難しいだろう。しかし著者は果敢にも、55ヶ所の風景を報告している。それも自身が言うには、「アンソロジー風(名曲集風)」に集約して、それを「ポリフォニー(コーラス風)」をバックに回遊したとは頭の下がる思いがしたというのがホンネである。

  さて本文の中から私たちの興味ある我孫子、手賀沼の風景の記述だけを拾ってみよう。我孫子と著者の出会いは「まちづくりシンポジウム」であった。白樺派の文人たちが集まったということもあって、この往訪、柳宗悦や、志賀直哉などの、著者の風景分類の2番目になる「言葉」のキーワードの中に入れられている。そこには柳の民芸礼賛や、志賀の墨絵のような手賀沼の記述が用意されていたのである。著者の手賀沼の評価は「国立公園の秀麗華美はない。むしろそれはトツトツとして藁(ワラ)の臭う風景の民芸品なのだ」という結論だった。

  更に巻末には著者の回遊した55ヶ所の風景から抽出した「風景から読み解くキーワード」と題して、約七百以上の項目を索引風に編集されたのにはこれまた敬服の至りである。
風景学を学ぶものにして、これは正に、「風景学実践マニュアル」と言っていいだろう。 ― END -
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