我孫子の景観を育てる会 景観あびこ_title 第104号 2021.7.17発行
編集・発行人 中塚和枝
我孫子市緑2-1-8
Tel 04-7182-7272
編集人 鈴木洋子
景観の本棚 −6−西村幸夫著「都市から学んだ10のこと
        ―まちづくりの若き仲間たちへ」学芸出版社
 冨樫 道廣(会員)
  本書を取り上げるきっかけになったのは、著者の元に送られてきた小冊子である。それはJR東日本が編集する「ジパング倶楽部」、今年の5月号である。その中に特集として「なつかしい町歩き」という項があって「町並み保存の歴史となつかしい町の歩き方」という解説付きのガイドが丁寧に書かれている。全国の「重要伝統的建造物保存地区(重伝建)」が7ヶ所も取り上げられている。千葉県では水郷の町として有名な香取市の佐原が登場していた。そのガイド役が東大を退官して国学院大学教授となった著者であったのである。

製鑞の町内子町八日町。ジパング倶楽部 5月号の写真から筆者のスケッチ

 著者の東大時代のゼミの卒業生2人が、当会主催の日立庭園公開に当初から先頭に立って活躍をし、景観コンサートのモデレーターをやってもらった記憶がある。そんな関係から西村先生に、まず我が会が主催する景観シンポジウムの基調講演をお願いすることになったのだが、時間の調整がつかず不調になってしまったのは、返す返すも残念であった。

  さて本書であるが、表題にも明らかに示されている通り、著者はまちづくりに関しては筆者の知るところ日本一の功労者であり、それに関する著作も巻末に示されている通り、膨大なもので、本書はその最新刊であると信じたい。

 本書の構成は「はじめに」に続く「少し長めのまえがき」に自伝的ともいえる、大学入学に至る都市計画への情熱と大学院で大谷ゼミでの教育、そこから発展して、建設省(現国土交通省)での環境保全事業とのかかわり、その都度体得した様々な知識や感性がその人間関係と相俟って、更なる戦術を構築して、戦略策定に発展する様子を克明に記している。しかし、都市計画科というグループとはいえ、新たに都市を設計したり改造する同志は見つかっても、歴史的町並みを保存するための活動をする研究者などほとんど見つからない状態だったようである。

 そのうちに明治大学の建築科に採用されたのをきっかけに、様々な分野で活躍する機会を得たのは幸運だったという。と同時に世相も変化して、フローからストック重視の時代になり、建設省では景観法(2004)、歴史まちづくり法(2008)、また文化庁が歴史文化基本構想(2008)を策定するなど、著者自身がその先を行かねばと思っていた方向に日本国中が動き出したことは幸運であった。
    そこで著者は一つの取り決めをすこれまで「まち」や「地域」、「集落」などと呼んでいたものを包括して、「都市」という言葉にすると言った。と言いながら、「まちづくり」という本題はそのまま大事にしている。その「まち」である「都市」が100あれば、100の異なるイマジネーションに満ちたものであることを強調して、それと付き合うための先人としての著者の10に及ぶ提言に耳を傾けることにしよう。しかしここに10の提言を逐一詳細に述べるのは紙幅も時間も余裕もない。それで、いくつかのカテゴリーに分類して、特に強調したい一章だけに立ち寄ることにする。
 先に著者の強調することを拾いだしてみれば、「まちづくり」には「王道」はなく、「正解」も存在しない。それで本書は「教科書」では勿論ないし、「回顧録」でもないと言う。勝手な言い分ではあるが、先に述べたように、100人いれば100の提言が出てくるということになる。

 ただ本書を開くにあたって、著者の読者への思いやりが至る所に見られるのである。その第一が、各ページの写真群である。本文200頁以上あるうちの完全に半分のページが写真である。その理由は、都市空間の魅力は言葉だけでは言いつくせるものではないと、掲載されたもの全て著者の撮りだめたものだと告白している。そしてその分類にしても懇切丁寧に、その説明には、素人、初心者にもよく理解がいくものだろう。「街路の風景」から「水辺や海辺」など、都市の空間でも面白い小広場や曲り、鉤型など、国内だけでなく外国の例も取り上げて、都市景観に興味を持つ我々にはうれしいページを創ってくれている。

海外の三叉路。ドイツ・ローテンブルグ本書の写真から筆者のスケッチ

 ここで10の提言をまとめてみると、初めの四つの章はすべて「都市」全体について、臨む態度についてである。次の2章は都市に住む人々について、そして最後の4章が、本論である。都市を学ぶ人々に贈る言葉とに集約できるだろう。そして最後になってしまったが、10章のうち、著者が第二番目に都市から学んだという「都市は書き継がれた書物」という項だけに立ち寄ることにする。

大分県保戸島。まぐろ漁業で栄えた漁村集落「東洋のナポリ」の異名をもつ本書の写真から筆者のスケッチ

  あらゆる都市はこれまで書き継がれた書物であり、これからも書かれていかねばならないし、私たちは、その読者であると同時に著者であるかも知れない。あるいはその中で登場人物にもなり得るのである。書物に「筋」があるように、都市にはそれが造られた「意図」がある。「けものみち」のような自然発生的に形成されたものでも、それがそれぞれの人が必要であって使い続けてきた結果の蓄積、形成された空間のはず。そう考えればこの書物には無数の著者がいることになるのでしょう。それが「意図」を以て都市空間を造りあげているというのです。そしてそれが変化して消えてなくなってしまうこともあるかも知れません。だからこそ絶えず永遠に書き続けていかなければならない書物なのです。これは正に「至言」であり、10の提言の中で最もインパクトのある項だと思い、最後に取り上げました。
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