我孫子の景観を育てる会 景観あびこ_title 第106号 2021.11.20発行
編集・発行人 中塚和枝
我孫子市緑2-1-8
Tel 04-7182-7272
編集人 鈴木洋子
景観の本棚 −8−『都市をつくる風景』 中村良夫著 (藤原書店)
 冨樫 道廣(会員)
  本棚でこの著者を取り上げるのは3回目になる。
  それほど著者は「都市景観」についての憧憬の深さはかなりの範囲でその真骨頂が浸透しているのだろう。本書が刊行されたのは2010年であるが、その数年前(2005)に、我が国初の景観法が施行された。景観に関与する私たちは期待に胸をふくらませたが、法律が景観をつくってくれるわけでもない。右往左往している中の本書の登場だったのである。「景観工学」の生みの親であり、「風景学」の提唱者でもある著者の第一声を多くの人々は待ち望んでいたのである。

都市をつくる風景
「場所」と「身体」を
つなぐもの

  期待通りに著者は先ず我が国の都市景観を率直にやぶれ障子のようだと嘆きながら、その因って来たるべき原因を探っていく。やはり対象になるのは先進国西欧に目は向き、先ず明治期の外国人の訪問者、イザベラ・バードや松江中学校の英語の教師に赴任して、絵巻のような宍道湖の眺めに惚れ込んだラフカディオ・ハーンの賛美の声にも耳を傾けている。
 その頃の我が国は産業革命後の近代社会を目指して西欧化が急速に進展するが、生産性ばかり重視する余り、生産のための工場施設やその管理組織などは立派にできても、人間の消費生活の創造性などには視野が届かず、都市の西欧化、近代化はなおざりにされた感は免れない。そして民族が集中して住む都市であればこそ、その歴史や風土が育てた生活感情の結晶だから、生産工場のように模倣できるわけはないのだとも言う。その仔細は、国家と個人の中間に横たわる「公共の世界」が市民生活の中で熱心に考えられなかった側面も指摘されていい点であろう。
  その公共の問題の前に、日本の風景に大きく関わるのが土地問題である。著者は専門ではないからと深入したくはないと言いながら、西欧との比較した日本の実態を明確にした。
  西欧では近代国家成立の過程で、封建制のもと、土地は貴族に属し、絶対化された土地私有制が、市民革命や産業革命進展のもとで少しずつ解きほどかれ、紆余曲折があってもそこに公共性の風が吹き込まれたのである。勿論自治都市で育まれた市民的公共モラルはその勢いを後押ししたに相違ないはずである。そこには「増田四郎」の「西欧文明の源流」から例にあげる「キリスト教の精神」も大きな要素になりうるだろう。それによれば、都市の住居とは一人、一人または一戸、一戸では生活することは出来ない前提で、公共の施設を共同で築き上げることにしたというのである。そのためには、共同の規範をつくり、それに従って自分勝手なことはできない精神が培われたというのである。概ね15歳以上の男子による自由で平等な市民の力を合わせ、他の都市に負けない生活のために、何百年もかけて立派な教会を建て、美しい町を築こうという生活感情の基礎が育てられたという。そうして出来上がった風景は、城壁に閉ざされた広場に、教会を中心に、市庁舎と華麗な劇場が並んでいるのが見られるのである。そんな中で日本人が特に感銘を受けるのは、自分たちのまちに対する人々の誇りと愛着の強さである。これこそが西欧人の共同体の絆につながれた自己の証しなのであろう。
 他方我が国はと目を移してみれば、自分の同一性を託するものはと探してみる。それは、和辻哲郎の風土論に見る「イエ」の思想になるのだろう。私たちは「イエ」に入ると「クツ」を脱ぐ。「イエ」と「ソト」は完全に差別化され、その相似体に自分の帰属する会社などの組織集団が見え隠れする。更に明治憲法では、天皇を家長とする国家という大きな「イエ」までつくり上げてしまった。
  それでは日本人の「ソト」に見る空間に我が証明は何かといえば、都市よりも原風景なる「山河」であり、「うさぎおいしかの山、小鮒つりしかの川」と決まって、文句なしに合意の得られるところだろう。
  とはいってもこのような風土を放置しておいては、ますます老いさらばえた「山水都市」が残るだけになる。人はそれぞれ猫の額ほどの土くれの中に盆栽もどきの庭をつくり、マッチ箱のような家が集まるのが日本の都市の実情とすれば、その老いさらばえた「山水都市」の再生こそが私たちに課されたものとしか思えない。でも、うれしいことも見つかった。大分前のことだが、日本交通公社が観光振興のために小学生を対象に募集した標語に「ボクのおうちも景色の一部」という秀作が見つかった。風景や景色という言葉がまだ馴じみ薄い小学生に、景観の専門家の心の急所を衝く作品となったが、風景の意識を向う三軒両隣りという小さな共同体から拡げていく感覚を小学生から学ばせてもらったと思う。こんな町並み感覚も日本の伝統の中にあったことは実に喜ばしいことである。
  更に最後に取りあげたい日本人の本性を披露しておきたい。それは満州国に置ける都市計画を発令した後藤新平の理念である。
  その「自治論」には「自治を離れて楽しさはない」といい、「人間には自治の本能がある。この本能を意識して、集団として自治生活を開始するのが文明人の自治である」といって、著者はこれを後藤が医者として、その信念にもとづいて、生物学的に細胞を具えている生命力を地方自治に限らず、すべての生活面で公共化すべきであるといい、自治生活は文明生活唯一の最上形式であると表現している。それが彼の満州国での都市計画の理念にも明確に見ることが出来る。道路、公園、鉄道、駅舎、郵便局、行政府庁舎、病院、ホテルなどが一体となって織り上げられている。
イザベラ・バードが美しいと褒めたたえた新潟の町と運河。本書挿絵から筆者のスケッチ

  以上読み上げてみて、昔は都市内にあふれだした身近な自然が、又どこにでもあった「山水都市」が今では老いさらばえて零落した「山水都市」になってしまった。著者はそこに住む生活者が本来持っていた風流や社交といった身体感覚、生活感覚から出発することによってこれを蘇生させようと提唱している。それには風景がその触媒役になれると言うのだ。だから書名にある様に都市が風景をつくるのではなく、風景が都市をつくるのだと。
                       −END−


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