『人新世』(ひとしんせい)と
              「Well−Being」(ウエル-ビーイング) の時代に
                       都市の風景を探る (その1)                 冨樫 道廣(会員)
  冒頭から見慣れぬ言葉を2つも並べてしまった。

  申し訳ないのでその説明から出発するのが筋だろう。先ず『人新世』から始めよう。これは「地球史」のカテゴリーに入る。これまで私たちは地球上に住みながら地球の歴史など何の興味もなかったし、子供の頃から学校で教わることもなかったと思う。にもかかわらず、移り変わる自然の四季、山や海を見ては敏感に体感しては文化を創造して満足しているのが人間だろう。

  しかし、今年のこの暑さはどうだろう。これまで経験したことのない高温にさらされ、7〜8月を通して35℃以下の日を数えた方が早いくらいである。又台風5号、6号、7号などの経過をかえり見てもこれまでにない被害を被っている。これまで台風に無縁と思われていた山陰の鳥取市などにもそれが振りかかってきた。市内の5集落が土砂くずれで、1200人もの人達の孤立が続いているとか、市内の佐治川に架かる高山橋など2つの橋で崩落が確認された例などがそれになる。又国内だけではない。ハワイのマウイ島では山火事で150人もの死者が出たり、又、今なおカナダでも山火事の発生が報告されている。

  このような例が毎日のように、目に、耳に入るのも、地球の温暖化と結論づけられているのが現状である。その最大の要因が大気中のCO2の増加とみなされて、それを除去する技術の開発がなされてきたが、いまだにその効果をみるに至っていない。これまで世界中でも国連でも「SDGS」(持続的可能 な開発目標)など推進しているが一般に眼に見えるところにはないのが現状だろう。

 そんな時、ノーベル化学賞のパウル・クルッツェンが地球の新たな年代に突入したことを表明、人間たちの活動の痕跡が地球の表面を覆いつくした年代として「人新世」(Anthropocene)という新語を発言したのです。それに従って我が国では、斉藤幸平の「人新世の資本論」(集英社新書)がベストセラーになり、たちまちのうちに著者の「SDGS」に対する反対論の高まりや、資本主義に反対するマルクスの再現が見えかくれして、その資本論の読み直しに至った経緯があるのです。

  高次元の議論はさておき、私たちがこれまで、地球史上、今日の「人新世」に至るまでどのように地球と対処してきたかを考えてみる必要がある。


  18世紀の産業革命以来、人間は労働を商品に変え、あらゆるものを市場に登場させてきた。早い話が私どもの身近にある「ケーズデンキ」や「ヤマダデンキ」の店頭に並ぶ新商品、あるいはスーパー「カスミ」や「イトーヨーカドー」などの店内に並ぶ何万種の商品群など全て地球の資源と人間の労働によって出来上がったものであり、地球外の宇宙からの物資など何一つないのである。 それより以前に私たちの住む世界、特に巨大化した都市の建設、建築物、一般住宅から、高層マンション、東京タワーから634mにも及ぶスカイツリーに至るまで、すべてが地球を削り取ったなれのはてなのである。その過程は、石炭を掘り、石油を汲み上げ、鉄鉱石をはじめとする、すべての金属鉱石を資源として搾取してしまった。

  このようにして出来上がってしまった人間の住む社会は、はたして、人間を幸せに、豊かにしてくれるのだろうか。温暖化による被害どころか、ここ数年は新型コロナのパンデミックも同居した熱中症と相まって救急車も病院のベッドまで緊急事態になりつつあるのである。
「人新世」の説明で大分紙面を割いてしまった。ここで結論ではないが、この影響と言えそうな景観に関することを述べておきたい。
一つは二酸化炭素CO2対抗とも意味するのか、太陽光発電のための多くのパネルが目につくようになった。それが景観を助成してくれればいいのだが、だいたいが逆に阻害するのである。この間、その典型といえるものを見せられてしまった。熊本県の阿蘇山麓一帯に敷き詰められたパネルの集団である。山頂はかろうじて見えるものの、美しい昔の阿蘇は金属の山になってしまったのである。これが石炭、石油に変わって電力供給の最大能力となるとも思われないが、それ以上に、心の慰む、阿蘇の風景が失われたことは悲しいことである。

  二つ目は宮城県の加美町の美しい薬莱山を望む奥羽山脈の中部に拡がる緑の丘に高さ152mの巨大な風車が次々に姿を現してきたのである。来年4月にも運転開始を目指す風力発電なのである。加美町では外資を含む3業者が5つの風力発電事業を準備中で、最大150基の風車が並ぶのだそうだ。それが美しい配列になってくれればいいが、相手は風という自然の力によって方向などが決まるのだろう。効率優先で並べられたのでは見られたものでもあるまい。最近では、国会議員の汚職でも有名になってしまった。賄賂を使ってでもいい景観にしてもらいたいと思うのは私一人でもあるまい。

  宮城県では地域促進税などの政策でその対策を考慮しているというが、まだ未知である。
以  上で「人新世」について終ることにしたい。
新聞に見る人新世とは(2023年8月15日 日本経済新聞掲載)
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