我孫子の景観を育てる会 景観あびこ_title 第122号　2024.7.20発行
発行人　中塚和枝
我孫子市緑2-1-8
Tel 04-7182-7272
編集人 大久保慎吾
世界の街角景観　−8− 　ラサ（中国・チベット自治区）　　　高 康治（会員）  
  半世紀以上にわたり275ヵ国・地域（南極や北極点など）を訪れた故にワールド・トラベラーとも呼ばれる筆者に、最も足を運ばせたのは中国。実に21度にも及んだが、印象的だったのは5,000年の悠久の歴史と共に多様にして広大な国土。とりわけ忘れ難いのが、1998年４月に初めて旅した中国南西部に位置する辺境地、チベット（西蔵）。南はヒマラヤ山脈、北は崑崙山脈、西はカラコルム山脈、東はタンラ山脈に囲まれた「世界の屋根」と呼ばれる平均海抜4,500ｍの世界最高で最大の青蔵高原では、生息する動植物も限られる厳しい自然環境の下、古来より独自のチベット仏教文化や伝統的な風俗習慣が息づく。雲表と曼荼羅の世界が広がる特異な秘境紀行を堪能した。

　日本からの直行便はなく、四川省の省都・成都経由で自治区の都ラサへ向かった。離陸して間もなく白銀を頂くヒマラヤ山脈など雄大な山並みが続き、未知の世界に対する胸の高鳴りを覚え、ラサの空の表玄関クンガに着いた。クンガ空港はラサから南東へ約100kmにあり、中国では町から一番遠く不便な空港。到着後はインドまで流れる大河、ヤルツァンポ川沿いにあるチベット最古の寺院などに立ち寄り、「天上の聖なる都」ラサに入った。

青蔵鉄路
 
  2度目の再訪は2006年9月。北京などを経由してチベット高原が広がる青海省に入り、ゴルムドから同年7月に開通したばかりの世界一の高所鉄道「青蔵鉄路」に乗車し、雪を頂いた6,000m級の雄大な山並みや荒涼たる盆地、大河長江の源流や大小無数の湖沼などを車窓より眺望。1,142kmを走破して14時間後に目的地のラサに着いた。
  ヤルツァンポ川の支流であるキチュ川の北岸にあるラサ（拉薩）は、約1,300年の歴史がある古都の顔を持ち、常に権力闘争の場となって来た。人口は約87万人で、標高は富士山とほぼ同じ約3,700m。晴天の日が多いので「太陽の都」と言われ見どころが多いが、人によっては酸素量が平地の3分の2程度になる高山病が厄介だ。街の中心は漢族エリアと旧市街のチベット族エリアに分かれる。

ラサ市内図

  まずラサの象徴として「東洋のベルサイユ」と呼ばれるポタラ宮（布達拉宮）は市街地西部の漢族エリアにあり、紅山とも呼ばれるマルポリの南斜面に建つ。7世紀に吐番のソンツェン・ガンポ王が唐の文成公主を王妃として迎えるために築いたが、17世紀以降（1649年〜1959年）は観音菩薩の化身、ダライ・ラマの宮殿となった。以降は博物館として公開されている。山を含めた主楼の高さは117m（９層13階）、東西360m、南北300m、建築面積1万3,000�屬竜�模は世界最大級の偉容を誇り圧巻だ。ダライ・ラマ５世（1617年〜1682年）が建立し住居と政治の場所になった白宮（ポタン・カルポ）と、５世の死後増築された宗教に関わる紅宮（ポタン・マルポ）をメインとする。部屋数は実に1,000を越え、迷宮のように複雑に入り組んだ巨大な複合建築物だ。見応えがあるのは紅宮の方で、第1層（9階）にあるダライ・ラマ5世の霊塔、第3層（11階）の立体曼荼羅のドゥコル・ラカン、宮内にある巨大なマニ車（転経器）など。因みに、ポタラ宮の壮大な全景の写真が撮るなら、南側に位置するポタラ宮広場が一押し。

ポタラ宮
ポタラ宮を背にする筆者
（ポタラ宮広場より）

  この広場の東隣に広がる旧市街の人気スポットは、熱心なチベット仏教の信者なら生涯に一度は巡礼を夢見る聖なる巡礼地、ジョカン（大昭寺）。ポタラ宮広場から1kmほど東進すると、パルコル（八廓街）という巡礼路に出る。この中心にあるのがジョカンで、寺内は神聖なチューメ（ヤクという長毛牛のバターろうそく）で照らされ、至る所で祈祷場がある。また巡礼者が尺取虫のように全身を投げ打って祈る苦行「五体投地」が見られ、この寺の目玉とされる黄金の釈迦牟尼像が祀られている。
 
右上へ続く

  なお、大昭寺から北へ約６分歩くと、ラモチェ（小昭寺）がある。７世紀に文成公主が建立した仏教寺院で、当初は釈迦牟尼像が祀られていたが、現在はジョカンにある。

  一方、ポタラ宮より約1.5km西には18世紀にダライ・ラマ７世が建立したノルブリンカ（夢布林■※）がある。完成後は夏の離宮として利用されたが、ダライ・ラマ14世が1959年にインドへ亡命後は、36万�屬量明僂鮖�つ広大な敷地内は公園として開放されている。
※■は上と下を上下に組み合わせた漢字

ジョカン（大昭寺）

　ラサ郊外では、西北12kmにあるデプン・ゴンパ（哲蚌寺）が必見。1416年ジャムン・ジュチェにより創建されたゲルク派最大の寺院は、タンカ（仏画の掛軸）が信仰の対象になっている。8月に開催されるショトン祭では世界最大のタンカが披露されるので有名。たくさんの階段を息も絶え絶えで上りきり、海抜4,100ｍほどもある寺の上から眺めるラサ市街やキチュ川の眺めが息を呑むほど絶景だ。

デプン・ゴンパ（哲蚌寺）と筆者

    旧市街の北10kmほどにあるセラ・ゴンパ（色拉寺）1419年に創建されたゲルク派の大寺院。かつて5,500人もの僧侶が修行に励み、彼らの中には20世紀初頭に河口慧海などの日本人僧侶もこの寺でチベット仏教を学んだ。
  ラサ市内からクンガ空港に向かう途中で目を引くのが、国道沿いのヤルツァンポ川の岸の崖をくりぬいて造られた８世紀のネタンの摩崖仏。顔はウコン色など極彩色に塗られ、見事なほど色鮮やか。
　
ネタンの摩崖仏

  各地のゴンパというチベット寺院巡りや、頭痛などで悩まされた高山病で疲れ気味であった旅の息抜きになったのが、ラサの南西約120kmにあるチベット最大の淡水湖、ヤムドク湖。面積は琵琶湖より少し小さいが、標高は4,250mで周囲の山々から流れ込む雪解け水が水源。チベット仏教聖地の一つで、白鳥が羽根を広げたような形をしているので「白鳥の湖」という優雅な名前が付く景勝地。ただラサから湖に向かう道程は厳しく、特に九十九折が多い道路は険しく、眼下に水のない無味乾燥な感じの渓谷が続いた。その後もどんどん高度を上げて行き、たくさんのタルチョ（祈祷旗）を纏ったオボ（石を積み上げた塚）が見えてきた。ヤムドク湖の絶景ポイント、標高4,749mのカムパ（甘巴拉）だ。峠の下には複雑な形をした聖なる湖が横たわり、チベット語で「トルコ石の湖」を意味する名に恥じない美しさは言葉を失うほど。

ヤムドク湖

  わずか2回のラサ訪問だったが、8年振りの再訪時には近代的なビルが建ち、ディスコもあれば巨大なキャバレーもあった。名物の五体投地でやって来る巡礼者もほとんどおらず、バスやトラックで巡礼するなど近代化の波に押される時代の変遷を実感。チベット仏教といえば誰もが思い浮かべ、インドへ亡命中で今もチベット独立を掲げるダライ・ラマ14世の写真はどこにも無かった。中国政府が後押しする漢族が中心の経済発展と民族浄化が着々と進むなど、自治区の厳しい現実を垣間見て複雑な心境になった。


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