- その3- 旧井上家住宅周辺における景観の特徴 今野 澄玲(我孫子市教育委員会 文化・スポーツ課) |
||||||
●1.旧井上家住宅の場所 ●旧井上家住宅は我孫子市の東、布佐地区にあります。江戸時代、布佐地区は手賀沼の干拓、利根川の舟運で栄えた地です。JR 成田線布佐駅から徒歩20分。田んぼを横目に見ながら平坦な道を歩くと旧井上家住宅が見えてきます。 ●2.井上家のはじまり ●井上家の歴史を紐解くと、江戸時代まで遡ることができます。江戸では家守(やもり)を務め、尾張町二丁目(現銀座6丁目付近)に居を構えていました。家守とは、地主から家の管理を任され家賃の徴収や、店子の世話などをする役割で、江戸の町の運営には大切な存在でした。併せて、「近江屋」という商店も営んでいました。 ●井上家がなぜ布佐に来たのか、その理由は不明です。手賀沼干拓は寛文期(1661〜1672)年に幕府主導で行われましたが、計画は失敗に終わりました。その後、寛文11(1671)年、江戸の鮮魚商海野屋作兵衛他16人の商人らが幕府に干拓を願い出て再び工事が始まりました。これが商人による第1期の干拓事業になります。しかし、干拓は思うように進まず、撤退を余儀なくされた者もいました。井上家はこれらの人から享保12(1727)年には土地を譲り受けました。 ●江戸時代の干拓技術では、下の図1ほどの広さしか干拓できませんでしたが、明治時代になると、西洋の土木技術を輸入し技術が向上することで干拓地を広げることができました。井上家が干拓事業の中心の一人となり、昭和3(1928)年に組合を組織し、事業が進みました。干拓事業が完了するのは昭和26(1951)年、その後、昭和44(1969)年には、現在のような手賀沼になりました(下の図2)。
●3.旧井上家住宅 (1)建物について ●旧井上家住宅を車で訪れると新土蔵、庭塀が来訪者をお迎えします。来訪者が表門にたどり着くのは、母屋や新土蔵など敷地内の建物を見た後になります。門をはじめに見学するのが一般的ですが、旧井上家住宅は逆になります。なぜでしょうか。これは、井上家の当時の生活様式がヒントとなります。前述したように井上家の家業は新田開発でした。ですので、田んぼは「仕事場」になります。そして、布佐駅から旧井上家住宅までの道を思い浮かべてください。裏門の道に沿って門を向けているお家が多いと思います。このことから、かつては布佐下の道が主要な道であったことがわかります。 |
●次に二番土蔵をご案内しましょう。二番土蔵は1メートルほどの高さの塚の上に建てられています。塚は水塚(みずか/みづか)といい、手賀沼周辺の地区では洪水から家財を守るために造られました。この塚の上に建てられている蔵の光景も手賀沼周辺ならではなのかもしれません。 ●最後に新土蔵をご紹介します。新土蔵は昭和5年に着工されたものです。この蔵は米蔵としてつくられました。先述のとおり、昭和3年に近代的な手賀沼干拓がはじまりました。新しい蔵が建てられた昭和5年は、米の生産量が上がったことをあらわしています。耕作地が広がり、旧井上家住宅前の田んぼが現在のように広がっていったことがわかります。手賀沼干拓が始まった100年前は手賀沼が田んぼになることは想像もつかない景色だったと思いますし、国が豊かになる象徴と目に映ったかもしれません。ただ、100年後の私たちはその田んぼの風景すら懐かしさを覚えます。時代の移り変わりや住む環境の違いなど、受け手の感性が変わると景色の印象が変わるものだと思いました。 (2)庭について ●旧井上家住宅には母屋に隣接して庭があります。庭には築山と灯篭、梅があり、母屋で一番格式が高い書院に面して庭を楽しむことができます。書院には炉が切っていることからもおもてなしのための空間であったことがわかります。 ●昭和19年ごろ、庭に植える予定の木が示された文書が残っています(図3)。本来ならば、庭の垣根に白桃や柿の木が植えられ、中央には松の木が指示されていますが、松は空気を多く含む水はけのよい土を好みます。この土地はもともと手賀沼近くであったため、松の好む土ではなかったようです。今は古い梅の木が書院からの景色を彩っています。また、床の間の脇にある書院欄間には富士山が描かれています。
●松、富士山、麻の葉など、書院欄間に採用されるので珍しいものではありませんが、実は、この同じ位置に富士山があります。現在も、空気が澄んだ日に旧井上家住宅の駐車場から南西の方角を望むと、夕方は特にくっきり、富士山のシルエットを楽しむことができます。仕事が終わって田んぼを眺めると、この景色は寒い冬のとっておきのプレゼントになっています。手賀沼ふれあいライン沿いで見ることができるので、車に注意して楽しんでみてはいかがでしょうか。 |
|||||
図2:現在の手賀沼 赤い囲いが田んぼ | ||||||