京都にて   平成16年2月 吉澤淳一
先日、ある勉強会に参加するため、京都に出向いた。最終日の午後、夕方の新幹線に乗るまで時間が出来たので、少しまち歩きをしてみた。昔の面影を残している町並みを探すことが狙いだ。会場が京都新聞社で、御所の南の丸太町にあるため、その界隈を考えていた。

念のため、地元に詳しい方に、そのような町並みの存在を訊くと、観光地化しているところ以外では、今の京都市街では見かけることは出来ないが、あるとすればこの近くの幾つかの通りだと言う。がっかりしつつも、とにかく歩いてみた。京都駅から御所に向かう広い通りの、地下鉄でいう烏丸御池〜丸太町間の両側の裏通りを、何本か歩いてみた。

室町通りという、染物屋が立ち並ぶ通りでは、新しい建物に変わってしまったなかに、モノクロームの落ち着いて懐かしい町家が、遠慮がちに点在する。下の写真のような、洗濯屋さんのこだわりの看板や、駐車場のサインに、京都人の感性を垣間見たが、それも僅かな点としてのことだった。
車屋通り(と記憶したが自信がない)を歩くと、ここは普通の町家が続いていて、やはりぽつんぽつんとしか?子(れんじ)格子や紅殻格子、虫籠(むしこ)窓にはお目にかかれない。そのひとつ東の通りも同じだった。先ほどの地元の方の、恥ずかしいというか、悔しいというか、なんとも複雑な顔で「京都もすっかり変わってしまって」と呟いた言葉を思い出した。

日本中が、無味乾燥な町並みになってしまった昨今、せめて京都はと十年ぶりに訪れたが、京都に限らず神社仏閣や有名建造物以外に古都を見つけるのは、容易ではないことが身に沁みた。せめて、ご婦人のあの柔らかい京ことばだけは、心の景観としていつまでも残っていてほしいものだ。
洗濯屋さんのこだわりの看板 景観に配慮している駐車場表示

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