7月28日の手賀沼フォーラム"手賀沼湖畔に見る歴史景観"散策会を行って
歴史部会  梅津一晴
●今回の散策会は、手賀沼フォーラムで我孫子の景観を育てる会が行う、初めての企画でした。

●事前の準備は、夏日中の観散策会となるので、日射病防止に十分配慮し、参加者には広報とビラで、帽子、水、飴の持参を促しました。前日には、映写会の練習と、散策全行程を実際歩いて時間を調べました。
●映写会「我孫子の歴史景観について」

●当日は、午前10時から散策会を行なう前に、「映写会」を開き、我孫子の歴史景観について次のようなお話をし、散策の際の参考にしてもらうことにしました。

�‖臉痢⇒�根川筋は香取海という内海であったが、火山活動の産物である噴出土砂の流出が多量にあり、それが州を作って我孫子半島となったこと。そして手賀沼が出来たこと

�� 私達先祖が関東に住むようになった先土器時代、縄文時代のこの地は、海産物豊かな土地で特に香取海、手賀沼周辺は豊かでありました。大和朝廷はこの地に御厨(荘園)を作ったこと、その始まりが我孫子古墳群の発展に関連していると考えられること

�� 手賀沼湖畔に分布する我孫子の古墳は、手賀沼を支配し監視する位置に造られて居り、そのため手賀沼風景は、その古墳の地から眺めが、最高の景観を楽しめること
などを解説しました。

皆さんが熱心に聞いて下さって居ることが感じ取られました。
●11時からの散策会は、香取神社と周辺古墳群を観察し、水神山古墳の上から手賀沼を眺めて歴史景観に"想い"を馳せました。

●水神山古墳の散策の後、手賀沼遊歩道を歩き、農家が耕作する藕糸蓮(グウシレン)の池を横手さんの案内で見学し、12時全員無事に帰還終了しました。

●ハスである藕糸蓮からは繊維が取れ、紡いだ糸で近年、皇族の家紋入の「ふくさ」を織り献上したそうです。
散策会事前の受付数は10名程度と少なく心配しましたが、当日の応募数は30名と3倍増の参加数となり、安堵しました。我孫子市民12名、柏市民12名、松戸市民3名、他2名、合計30名でした。

●このように近燐市民の間でも、手賀沼と我孫子の歴史的文化財・景観へ関心は高まっていることが判ります。
今回の企画は、水質環境の面からの手賀沼だけではなく、景観と言う観点から散策会という催しでアプローチした点が、有意義であったと考えております。

●運営は、木村さんがパワーポイント映写、横手さんは全般運営と写真記録を取り仕切り、私が解説という部会の結束で成功裏に終えることが出来たことが何よりも嬉しいことでした。

●そして水神山古墳の地は香取神社敷地と聞き、歴史的な因縁を感じています。
●水神山古墳の上から手賀沼ビュウ

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