我孫子の景観を育てる会 景観あびこ_title 第53号 2013.1.19発行
発行人 吉澤淳一
我孫子市つくし野6-3-7
編集人 飯田俊二
   明けまして おめでとうございます      会長 吉澤 淳一
  年頭にあたり、ご挨拶を申し上げます。

  当会は、多くの会員の努力によって、昨年も幾つかのプロジェクトを進めてきました。
  景観づくりシンポジウム"こころ・うるおう・ところ―学校花壇へようこそ―"は、我孫子市の景観形成市民啓発事業の初の受託として成功を収めました。

  一昨年、会創立10周年事業として立ち上げた楚人冠プロジェクトは、手賀沼存続を訴えた杉村楚人冠の功績をまとめ、4月に「楚人冠のメッセージ」−愛する手賀沼のために−を刊行しました。同じく10周年事業の「あびバス景観マップ」作りは、鋭意進行中です。

  庭園公開は昨秋の公開で20回の節目を迎えました。景観散歩は16回目の昨秋、初めて1泊旅行を実施して、大きな行動半径の中で見聞を広めることが出来ました。「景観あびこ」は7月に50号に達したことを記念して、20ページの特集号を発行しました。ホームページ、ブログも益々充実してきています。そして、これらのベースには、各分科会の地道な活動があります。
  会員の旺盛なチャレンジ精神が、これらの事業を成し遂げてきたのでした。

  本年もまたチャレンジで幕を開けます。

  2年目に入った景観形成市民啓発受託事業は、いよいよ「さがそう!我孫子のいろいろ八景」の発表です。我孫子の隠れた景観資産、観光資源の発掘につなげる本事業は、3月に「公園」「坂道」「成田線車窓」の3つの八景が決まります。そして次なる八景へつなげていきます。「あびバス景観マップ」は、「船戸、台田ルート」を皮切りに、順次4ルートを発行していきます。

  景観は、そのまちの文化のバロメーターです。分科会活動や恒例行事を着実に運営し、一方で新しいプロジェクトにチャレンジして、「我孫子の景観に、多くの市民が思いを寄せる」ために、共に歩んでいきたいと思います。

  健康に留意して、「出来る人が、出来ることを、出来るときに、楽しく」をモットーにして、支えあって活動していきましょう。
シリーズ「我孫子らしさ」(29)  〜我孫子での18年〜               鈴木 洋子(会員)
私が柏から越してきて18年が経ちました。長男の我孫子高校通学を機に転居を決め、次男の柏への通園をそのまま継続しながらの我孫子生活のスタートでした。当初はまだ我孫子を「知る」余裕は無く、週末の買い物で少しずつ出かけてみる程度でした。当時の天王台の駅前はマンションもコンビニも無く、柏に比べると「田舎」という感じでした。今でも駅を降りると人が少なく、ほっとした気分になります。

我孫子市は、以前から少し縁があって、柏での友人が30年前に布佐平和台と青山台に越していたので、訪ねてきたことがあり、「静かでいいなぁ」と感じたと記憶しています。特に柴崎から青山台は、駅に近いにもかかわらず高い建物が殆ど無く(地主さんの意向だと聞きました)住宅街と所々に畑、公園も有り落ち着いた景色で、今もさほど変わらず住みやすそうな町だと思います。

ただ天王台の私の自宅の周りでは、山が半分削られ住宅になり緑が減って、カラスが塒(ねぐら)を求め少なくなった雑木林に群がる今日この頃という現状です。
また大きな看板や幟が「景観を損ねている」ことなどは残念な変化です。仕方ない事ですが、自然と、人が手をかけて整えることの「バランス」が大事なんだなぁと、特にこの会に入ってから強く感じるようになりました。

また、我孫子へ来てからの人との関わりも私にとっては大事なことでした。小学校のPTA、少年野球、ヘルパーの仕事、ボランティア、社協の移送サービスの仕事など、たくさんの方と知り合うことで、体験や勉強、考え方の広がりなど、中身の濃い18年になりました。そし今、私が願う「我孫子らしさ」は、都会になり過ぎず、かといって田舎のままではなく、綺麗な景色と人との調和がとれた文化的な街であってほしいということです。これからは周りの環境にもっと目を向け、微力ながら少しずつお役にたてるような活動ができたらいいなと思っています。

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