〜その2〜
 【我孫子の坂道ウォーキングマップ】
市民図書館の郷土資料の閲覧棚にこのマップ集が納まっている。当会発行の全5巻のマップである。坂道踏査をしてみて、有酸素運動を兼ねたウォーキングマップとしてまとめたら面白いのではないか、そして収録する坂道に名前があったら是非知りたいとも思い作ったものだ。前述の道路愛称委員会の延長線でもあった。

昨年図書館から装丁を新しくしたいので、オリジナルを貸してほしい旨連絡が入ったので訳を訊くと、貸し出しが多くて劣化したから、との事だった。嬉しい話である。(下の写真)


マップ作りは、手始めに家の周りから始めた。
PART 機ゝ彁家・つくし野 編
              (平成13年11月作成)

つくし野という地名は、デベロッパーの東急がつけた名前で、もともとは低湿地の田んぼだったところである。久寺家の台地と天子山の台地からいろいろな坂道が此処に下りてくる。古くは農地への往復に、今では住宅地の道として使われている31の坂道がある。これらを一筆書きで歩けるようにまとめてみたのである。農家の方に地図を見てもらって、名前がついている坂を訊いてみたら、少なくとも5つの名前がわかった。「あんざくの坂」「与兵衛の坂」「又兵衛の坂」「むけっぱら(向原)の坂」「でえこおろし(大根下)の坂」である。その内「あんざくの坂」の由来が面白い。坂の上の方に行灯(あんどん)を作る職人の家があって、そこから「あんざくの坂」と呼ばれるようになったとか。徒歩でしか行けない坂もある。住宅開発で出来た新しい坂の陰でひっそりと佇む坂道が愛おしい。マップ作りはこれが初めてで、今見るとあまりの稚拙さに穴があったら入りたい心境である。

PART 供.魯韻瞭察柄ジ諭η鮖魁ξ弌寿)編
       (平成13年12月作成)

旧村川別荘から船戸の森に至る、東西2.6キロに亘るハケの道と台地を結ぶ20の坂道を収録した。公園坂通りを境に東西2コースとした。どちらもかつて白樺派の文人たちが住み行き来した、ところどころに史跡など風情のある面影を遺している。東コースの三樹荘跡と嘉納治五郎別荘跡(現天神山緑地)に挟まれた瀟洒な石段の坂は、私の好きな坂道の一つである。当時はまだ天神坂という名前はなかったと思うが、「三樹会」の清掃活動の場所である。平成5年に石段として整備される前は急な泥んこ道だったそうだ。

かつて日本を代表する陶芸家河村蜻山は、昭和13年に京都から深草窯を三樹荘跡に移した。(昭和29年には北鎌倉へ移る)当会発足時からの会員で現特別会員の岩村守さん(我孫子窯、元玉川大学教授、86歳)は、河村蜻山の弟子であった岩村福之氏のご子息で、父親のもとに白山下の自宅からお弁当を届けに行くのに、当時まだ子供だったのでこの坂を上り下りするのが辛かったと、ある講演の中で述懐していたことを覚えている。

楚人冠記念公園にある楚人冠の句碑は珍しい陶製で、河村蜻山の作である。河村蜻山が鎌倉に去って8年後の昭和37年、岩村福之氏はお住いの白山の地に登り窯を築窯し、数々の名作を世に出したことは皆さんご存知の通りである。岩村守さんは父の志を継いで、同じ地で今でもお元気に作陶活動を続けている。
当時からある登り窯の前の岩村守氏

西コースには手賀沼を見下ろす6つの石段がある。内5つは手賀沼に直角に対峙していて特に風がない日は沼に映る対岸の斜面林が印象的である。一番西にある6つ目の石段は西向きで、沼の向こうに真正面に富士を見ることが出来る。この坂を勝手に「富士見坂」と呼んでいたが、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。その先の「船戸の森の坂」は旧武者小路実篤邸跡に近くこの辺りは志賀直哉も逍遥したであろう。

そうそうこのコースには俳句に読まれた坂がある。名は無いが、私は密かに「九年母坂」と呼んでいる。白山の飯田医院前の桜の古木辺りから手賀沼に下る坂道である。名の由来は長くなるので「九年母坂」(くねんぼざか)の項で詳しく語りたい。

本編では大切な坂を見落としていた。「子之神寄進坂」である。当時はこの坂の存在に気が付かなかったが、ある日何気なしに子之神様の手前から左に折れる小径を辿って行ったら、苔むした石段の上に出た。段にある石の列柱には1円や2円といった金額と名前が彫られていた。この発見には欣喜雀躍したものである。後に調べたら子之神道、そして大師道として往来が盛んな道であったことがわかった。「船戸の森の坂」と並んで坂道八景に選ばれている。「子之神寄進坂」と名付けた。

最近、秋田さんから「子之神寄進坂」に手摺がついていたとの話を聞いたので見てきた。手摺は石柱と石柱の間に支柱を立てその上に固定してあり、しかも何故か列柱の上部がきれいに切り揃えられている。あれでは坂の名前の由来となった貴重な文字が刻まれている石柱の存在感が薄れてしまう。端に寄せられなかったのか。材質は焦げ茶色のアルミ製(手摺部分は樹脂を被覆)ということだった。

道路課に問い合わせたら、地元の自治会からの要望で今年の4月に設置したという。通行の安全は確かに大切で設置そのものに異論はないが、歴史遺産ともいえる貴重な坂故に慎重に計画してほしかった。確認したところ、景観推進室はご存じなかった。
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