我孫子の景観を育てる会 景観あびこ_title 第99号 2020.9.19発行
創刊 2002.3.29
編集・発行人 中塚和枝
我孫子市緑2-1-8
Tel 04-7182-7272
編集人 鈴木洋子
景観の本棚−3 松原隆一郎著「失われた景観」(PHP新書)        冨樫 道廣 (会員)
  本書が上梓されたのは、平成14年11月である。その年末までには町中の書店の本棚に新刊本として並べられ、その刺激的なタイトルが、私たちの様な景観に関心をもつ人々の強力なマグネットによって多くの読者を募ったはずである。
 その著者は全くの偶然であるが、我孫子と特別の出会いがあったことはあまり知られてはいない。前置きが少々長くなるが、本論に入る前にその経緯を述べさせてもらいたい。

 本書が出版された同じ時期、私たちの景観を育てる会では、初めてのイヴェント「日立総合経営研修所」の庭園の一般公開を開催したのである。我孫子では勿論、わが国でも私有地を一般に公開する事業は、これまで未知の分野であり各方面から注目されたものである。ただ、主催者としては何事も経験したことのないことばかりで、正に清水の舞台から飛び降りるようなものであった。それに至るまでの経過も山あり谷ありで、理解ある関島社長とでさえも何回もあらゆる側面からの議論を重ねたものである。とは言うものの、それは一重に日立のご本家様の経営理念を理解することにつきることであった。その第一は自然との共生、環境の保全であり、第二には地域社会への貢献であった。

 この我孫子の営研の建造に当たっても、この手賀沼に面する斜面林の樹木は、大きいものほど切り倒すことはなかったということを聞かされ、特に、社長室前に立ちはだかる大木を見せられたものであった。
  次なる地域社会の貢献については、毎年、年初に開催される、当年のオリエンテーションで、社長がそのことを説明するから、それを聞きに来ないかと案内され、毎年の受講生が3千人以上にもなり、全国の日立の関係会社から集まるという話を耳にして、かつては我孫子の市役所の管理者教育もしてもらったことがあるということだったので、勇んで参加をさせてもらうことにしたのであった。

 翌年の初め、会場になる赤坂のホテルには、想像以上からなる大勢の受講参加予定者が集まって、社長のオリエンテーションだけでなく、各自の専門コースの取得する科目を、2日、3日がかりで、大学のゼミレベルで、それぞれの担当講師の授業を受けていたのであった。その中で、驚いたことに、経済学の担当講師の名前が本書の著者、松原隆一郎先生だったのである。

 本書を読んでいる間、著者の経歴など調べることもなく、ざっと、東大教授でせいぜい都市計画の先生ぐらいに思っていたが、改めてよく見たら、学部の都市計画を卒業してから、大学院で経済学を専攻、新しい分野の社会経済学とか、相関社会科学というカテゴリーを開発された先生だったのである。びっくり仰天というよりは、欣喜雀躍、こんな機会は又とないと思い、ぜひとも我孫子の都市景観についてコメントをもらいたいと思い、走り廻り追いかけたのであるが、その後我孫子の講師でもあったのに、どういうわけか毎回逃げられ放し。どうも景観とは縁を切りたい様に見られた。目の前に獲物を見つけ、取りおさえながらの不調。我ながらふがいなさに臍を?む想いだったこと、あえてここに告白しなければならない。

 更にもう一つ。この稿を書き出したのは、今年(2020年)7月。日本経済新聞の夕刊のコラム欄(「明日への話題」)は、曜日毎の担当者が決められているが、7月から担当者が変わり、偶然火曜の担当がこの著者で、放送大学教授になって登場していることを重ねて紹介しておきたい。
  さて本論であるが、表題にある通り我が国のどこを歩いてみても、街並み景観のまともなところなど一つも見当たらないという著者の嘆きからスタートする。
 世界中で最もきれい好きといわれている日本人が住む日本で、ゴミ一つ落ちてない町でも、これ程までに秩序のとれていない景観が根づいている国など世界中にはないと著者は声を大にして喝破する。

 読者としてもふり返って近所を見渡した時、10年ほど前に建てられたものが壊されて、その敷地が、2つどころか、3つにも4つにも分割されて、新しい似た様な建て売り住宅街に変わってしまう街の姿は、誰でも経験して記憶にあるはずである。

 これだけの現象をとらえてみても、生活圏の中の景観、情景は偶然に現在の形になったのではなく、住民の国民的、生活、経済活動の反映といえるのではないだろうか。そしてその根本にあるものは国の開発行為や都市計画があってのことと言われれば納得せざるをえないところだろう。更につけ加えて、そこに生活する市民、住民の感情も根強いものがあると指摘する。それは、例えばくもの巣の様な電線を地中化してもらいたいとタテマエでは言っても、ホンネは電気料金をもっと安くしてもらいたいのである。

  又、街道筋に建ち並ぶ大型小売店の派手な看板を目当てに、何のためらいもなく吸い込まれていく消費者行動があれば、流通の供給側はその見にくい看板をもマーケティングの仕組みの中に入れるのが当然と認識してしまうだろう。
(■P2へつづく)
東京阿佐ヶ谷商店街のくもの巣電線
(筆者による本文写真のスケッチ)

 
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