我孫子のいろいろ八景事業(2)  吉澤 淳一(会員)
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 【公募】

公募の手続き・告知、用紙作成等は市に委ねたが、近隣センター等に設置する応募箱は我々が担当した。ジョイフル本田で手ごろな段ボール箱を買い込んで、市役所地下の和室での加工作業はそれこそ初体験で懐かしい思い出である。(下の写真)

最初の平成24年度は「公園八景」「坂道八景」「成田線車窓八景」とした。募集は2か月間で、197人の市民から580件の応募があり、初年度としては手ごたえを掴んだものだった。(勿論会員もこぞって応募した)。因みに25年度は「まちなみ八景」「ハケの道八景」「斜面林・田園八景」で、172人、677件、26年度は残る「桜八景」「水八景」で215人、621件の応募で、応募は少ないのではという心配は杞憂に終わった。

このプロジェクトのシンボルとして、市の鳥「オオバン」をモチーフにしたマスコットキャラクター「オオバンくん」(左の図)を制作し、公募の段階から登場させている。これは、白樺派のカレーのマスコットと一連のデザインを産み出した、私の知人、造形作家の吾妻勝彦氏の手になるものである。探検家姿のオオバンくんが双眼鏡とメモを手にしている。背負っている旗には、前半は「八景さがし」後半では「八景歩き」と書かれていて芸が細かい。

【選考委員会】
選定には客観性と公明性が大切で、その意味で選考委員会の存在は大きかった。我孫子の文化を守る会、NPO法人手賀沼トラスト、あびこガイドクラブ、我孫子野鳥を守る会、ふれあい手賀沼の会、我孫子市民活動ネットワークから各1名で構成しまとめ役は私が担当した。

応募の中から会で粗選りした場所を市の車で見て回り、現地と会議室での意見交換を行って決めていく方式にした。毎年残暑の中熱心に視察していただいてこれも成功の一因である。発表会では委員の方々に壇上に登っていただいた。

【発表会・コンサート】
だんだんクライマックスに近づいていく。決まった八景を、どのような形で市民に知ってもらうかが最大のテーマであった。正念場である。我孫子のいろいろ八景の一部が決まったことを広報などで知らせるのは常套手段ではあるが、それでは「ああそうか」で終わってしまう恐れがある。みなそのことを危惧していた。しかるべき会場でしかるべき発表会をやりたいが、果たして人々の関心は集まるのか。そう、AIDMA(旧村川別荘の項参照)のInterest(関心)のステップである。
そこで足助さんが素晴らしいアイデアを出してくれた。コンサートとセットで発表会をやったらどうかと。ん?コンサート?10年以上前に開催した「景観コンサート」(97号)が頭をよぎった。その手があったか。メンバーの皆がこのアイデアを快く迎えた。そこから先は皆さんご存知の通り、大久保光哉先生一座の総出演で盛況理に終わることができたのである。まさに景観コンサートのバージョンアップでの再現であった。この発表会・コンサートは入場料1,000円で実施したが、いろいろ八景とコンサートの取り合わせの珍しさと大久保さんの人気で支出をカバーできたことは大きかった。有料にすることによって、催事のありがたさが伝わるのだ、というのが今は懐かしい足助さんの持論であった。

第1回(平成25年3月)は、市民プラザの100人収容のホールで控えめに。(写真)2回目3回目は第1回目の成功に気をよくして、会場を550人収容のけやき市民ホールに移した。多くの来場者が客席を埋めてくれた。
  来賓席には、毎回市長・副市長の姿があり、最終回には市議会議長も姿を見せておられた。
八景の映像に合わせてナレーションを読む

 【市民の記憶に残すには】
発表会・コンサートはメディアに大きく取り上げられたが、これを一過性に終わらせないために、私たちは2つの仕組みを編み出した。

一つは「我孫子のいろいろ八景見聞綴り」(下の写真)の配布である。年ごとに発表した八景の1か所ずつをカラー写真と地図と解説でまとめたもので、本事業のバイブルのようなものである。"見聞綴り"としたのは確か秋田桂子さんのアイデアで、表紙のデザインもその古風な言い方に合わせたもの。因みにこれも吾妻さんの作である。これは発表会・コンサートへの来場者に会場で配った。あとは市役所とアビシルベに置いたが、初版から第3刷まで8,200部も印刷するほどの好評であった。
我孫子のいろいろ八景見聞綴り

もう一つはその"見聞綴り"の巡回展示である。"見聞綴り"の内容を写真中心に膨らませて魅力たっぷりの展示物にして、アビスタ、アビシルベ、近隣センター等公共施設を半年かけて巡回するものである。会場押さえ、会場設営は景観推進室の若手職員が活躍してくれた。

順番は前後するがAIDMAのMemoryまでが達成された。

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