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民芸品市場を海岸沿いに3kmほど北上するとモンチ・セラット要塞が見え、その近くに風光明媚な海岸地区を代表する教会がある。大西洋を見下ろす眺めの良い丘の上に建つ18世紀中頃築のボンフィン教会だ(下の写真5)。
その昔ポルトガル船が遭難しかけた時に船長が神にすがったところ、サルバドールに無事着くことが出来たことを感謝して建てられた由。故に「奇跡の教会」とも呼ばれ、バイーア人の守護神として厚く信仰されている。外観は多数のミサンガというリボンのお守りに飾られた以外は普通の教会だが、内部は何とも異様なムードが漂う。その奥部屋には多数のマネキン人形の手足が天井から下がり、不気味でもある。実はこれらの義手や義足は、病の治癒を祈りにやって来た人たちが置いていったものとか。 |
因みに西アフリカの黒人たちが持ち込んだ音楽や宗教などがこの地で融合し、独自のアフロブラジリアン文化が開花したものが2つある。一つは先述のカポエイラは、ユネスコの無形文化遺産に登録されている(下の写真6)。
もう一つはカンドンブレという民間信仰。旧市街にあるカンドンブレ教会で2時間のショー鑑賞した。16世紀に生まれたアフリカが起源の黒人密教の儀式で、ナイジェリアのヨルバ族の土着宗教が奴隷貿易と共にブラジルへ渡来。主に低所得者層と中産階級から信仰されている。打楽器に合わせた激しい歌と踊りが神秘的な世界に誘い込み、儀式が終わると食事が振舞われた。 注) 当記事の作者、高 康治さんの苗字は |
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| ●あやめ通りは、天王台駅南口から成田線小暮橋、国道356号、手賀沼ふれあいラインを経て、あやめ園(平成25年廃止)に至る約1kmの並木道です。あやめ通りの愛称は、平成12年に市制30年を記念して公募により決定されたものです。我孫子のいろいろ八景歩きのルートであり、日立アカデミー庭園公開へのアクセスでもある、私達に馴染の道路です。 ●明治時代に開通した常磐線と成田線ですが、沿線開発と輸送増強の進展に伴い、昭和25年東我孫子駅開設や車両基地設置などの整備が進みました。一方、山林や耕作地が広がる現在の天王台一帯に本格的な開発の手が入るのは、旧国鉄の宅地開発や昭和37年にスタートする大規模な土地区画整理事業を待つことになります。これらの都市開発により、あやめ通りなどの街路整備と宅地造成が進み、昭和46年4月に天王台駅が開設されました。 ●さて、天王台駅南口に立つとロータリーの中の美しい花壇に心癒されます。これは天王台・東我孫子エリアの名ガイド藤田泰男さんとボランティア団体「天ちゃんあ!美ふるクラブ」の美化活動の賜物です。同クラブでは駅前清掃やイルミネーション飾りつけなどの活動を7年間続けておられるそうです。あやめ通りに歩を進め最初の信号を渡ると、樹高6〜7mのトウカエデの並木道が約800mに渡って真っすぐ南に伸びています。
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●トウカエデ(唐楓)は18世紀に中国から徳川幕府に寄贈され、その後庶民の間にも広まりました。樹高10〜20mにもなる高木の落葉広葉樹で、秋には紅葉がとても美しい。ただ残念なことに市街地など高温になりやすい場所では、美しい紅葉にはなり難いので、あやめ通りでも紅葉にならずに褐色に枯れて落葉してしまうそうです。樹皮は灰褐色で若木のうちはツルツルしていますが、樹齢を重ねると縦に大きく剥離し、幹はコブ状になってきます。 ●これが独特の味わいがあるとして盆栽に使われ、また乾燥・大気汚染・病害虫などに強い、樹形を整えやすいといった特長から街路樹として植栽されることが多いそうです。
●7月の猛暑の日、あやめ通りと356号の交差点で信号待ちをしていました。ふと気が付きますと大きな自転車を押したご高齢の方が、強烈な日差しを避け、トウカエデの袂で涼を取っています。そして、私もいつの間にかトウカエデの葉陰に身を隠している、トウカエデに護ってもらっている。ありふれた街路樹で普段は気にも留めない風景なのに、豊かで深い緑陰が、白く眩しいアスファルトの道路に潤いを与えていました。なにげない風景ですが、街路樹のありがたさが身に沁みました。 |
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