我孫子の景観を育てる会 景観あびこ_title
創刊 2002.3.29
第126号 2025.3.15発行
発行人 中塚和枝
我孫子市緑2-1-8
Tel 04-7182-7272
編集人 大久保慎吾
我孫子景観基礎研究 3 その1 身近なデザインの潮流と都市景観のつながり-2
                                           建築家・工学博士  野口 修(会員)
 
2-1.コッツウォルズ地方の景観保護とウィリアム・モリス、杉村楚人冠「レムの里」の関係
  前稿の終わりで、「ウィリアム・モリスと我孫子の白樺派のつながりについて考えてみたい」としたが、その前にイギリスを旅したのだから、見てきた景観を紹介するべきだと思った。
  そこで本稿ではまず、今回訪ねたコッツウォルズの景観(写真1)から考えたことを書いてみたい。イギリス中央部の北東から南西方向に広がるコッツウォルズ地方は、細長い丘陵地帯で高い所だと標高は300m以上に達するらしい。標高が24mのロンドンから車で約2時間、途中、小さな村を散策し、最後はボートン・オン・ザ・ウォーターに辿り着いた。
写真1:コッツウォルズの村の景観
 
  この地方の民家は、地元産の石灰岩であるライムストーンの躯体に茅葺屋根を載せたスタイルで、集落の様子はイギリスの代表的なカントリーサイドの風景として紹介される。
物の本によれば、ライムストーンの色は北東部がハチミツ色、中部で黄金色に変わり、南西部では真珠のような白色になるらしい。中部の村しか歩けなかったので、この色の変化は確認できなかったが、「コッツウォルズストーン」とも呼ばれるライムストーンが景観を造っている様子は実感できた。また驚いたことに茅葺屋根は、住民の方が自前で維持しているとのことだった。(写真2)
写真2:パブに転用された民家とライムストーンの外壁

  「羊の丘」を意味するコッツウォルズは、古くは羊毛の交易で栄えた後、20世紀に入って景観を活かした観光業が盛んになったとされる。フットパスと呼ばれる歩行者専用道路を歩いた村では、民家がホテルやパブに転用されて使われ、廃墟となった教会跡まで美しいロケーションの中に残されていた。
  また、コッツウォルズ東部のケルムスコット村には、ウィリアム・モリスが別荘として借りていた邸宅が、マナーハウスとして残っている。マナーハウスとは、イギリスの旧貴族や名士が所有する荘園に建てた邸宅をホテルに改修したものだ。
写真3:ウィリアム・モリスがデザインした「ウィローバウ」

  1871年からこの邸宅を借りたモリスは「地上の楽園」と称したそうで、なるべく手を加えずチューダー様式の建築を保存することにこだわったらしい。また、モリスがデザインした代表的な壁紙「ウィローバウ」(写真3)は、この地の小川の畔に立つ柳の葉を観察して生まれたそうだ。その後、アーツ・アンド・クラフツ運動に賛同する芸術家や工芸家が周辺の村に移り住んで村の保存活動を行なったことから、コッツウォルズの景観保護にはモリスの思想が影響していると考える向きもあるらしい。
  最後に立ち寄ったボートン・オン・ザ・ウォーターでは、川沿いの通りに石葺屋根の店舗が町並を造り、観光客を含む多くの人が川沿いに集まって、涼を取ったり、水遊びを楽しんだりしていた。写真も添付したが、ヨーロッパの人は自然との距離の取り方が上手だと思った。(写真4)
 
写真4 :ボートン・オン・ザ・ウォーターの水辺
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