我孫子の景観を育てる会 景観あびこ_title
創刊 2002.3.29
第132号 2026.3.21発行
発行人 中塚和枝
我孫子市緑2-1-8
Tel 04-7182-7272
編集人 大久保慎吾
我孫子景観基礎研究 3 その1 身近なデザインの潮流と都市景観のつながり -8
                                           建築家・工学博士  野口 修(会員)
 
8-1.景観と政治の影響関係
  1月27日公示、3月8日投開票の日程で、第51回衆議院議員選挙が行われた。
  この機会に政治と都市景観の影響関係について考えてみたところ、最近、ゆりかもめ線・有明テニスの森駅近くにある東京ガーデンシアターを訪れた時のことが思い浮かんだ。羽田空港以外の臨海部は久々だったが、豊洲駅からゆりかもめ線に乗ってからの景観は、この地区が注目された1990年代後半とあまり変わってないように感じられた。未だこの地区が『東京臨海副都心』と位置付けられていることも、『レインボータウン』という愛称を持つこともすっかり忘れていたというのが実感で、『副都心』と呼ぶにはあまりにも実がない気がした。

図1:東京臨海副都心の地図 (下段)

  筆者が都内で設計事務所を開設した1996年は、前年に青島幸男東京都知事が誕生し、臨海副都心開発の起爆剤として計画された『世界都市博覧会』を中止したことで、跡地利用を模索する多くの提案が求められた時期だった。
 筆者も広告代理店の下で、豊洲・東雲地区に関する開発案を作成した記憶がある。
  不況を実感する中、「バブル時代に発案された『都市博』に莫大な公費を注ぎ込むべきか?」を争った都知事選は反対派の青島氏が勝って、『都市博』は中止されたが、そもそも何故、東京湾岸のお台場、青海、有明エリアを大規模に埋め立てる必要があったのだろうか?人口減少時代の現在から考えると、ハコモノありきの時代だったと見通しの甘さを批判する気にもなるが、一度変えてしまった景観や生態系が元に戻るものではない。

  手賀沼に置き換えて、戦後の干拓・埋立をしなければ、水質汚染もなく、今の2倍の水域を観光資源とする多様な可能性が考えられたのではないか?などと思ってしまうが、少なくとも我々の1票が景観保全の遠因にもなることを忘れないようにしたい。そんなことを考えつつ、明るい昼間の時間に再度『東京臨海副都心』を訪ねてみた。
8-2.東京臨海副都心の現在
写真1:閑散とした東京臨海副都心の景観(平日正午撮影)
写真2:お台場海浜公園から見た大崎副都心辺りの景観
臨海副都心に人が集まらない原因として"大崎や豊洲に吸い取られている"との見方もある

  改めて『東京臨海副都心』とは、江東区有明、港区台場、江東区青海、品川区東八潮の一部からなる約442haの埋立地であり、東京都が策定した7番目の副都心である。この副都心とは、東京駅一帯からの"通勤分散"を意図したもので、他に新宿副都心、渋谷副都心、池袋副都心、上野・浅草副都心、錦糸町・亀戸副都心、大崎副都心がある。臨海副都心は、鈴木俊一都知事時代の1986年に発表された「第二次東京都長期計画」で、副都心として開発することが決定された。当初は、「6万人が住み、11万人が働く未来型の情報都市」といった目標が掲げられたが現在は、住み手が2万人、就業人口が5.3万人と、道半ばの状況にある。

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図1:東京臨海副都心の地図(東京都パンフレットに加筆)
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