我孫子の景観を育てる会 第24号 2007.10.20発行
シリーズ「我孫子らしさ」(1) 我孫子らしさ とは どんな事       高野瀬 恒吉(会員)
けやきプラザで我孫子の景観を育てる会の定例会を終え、八坂神社の筋向いのカフェレストラン・ランコントルで白樺カレーを食べた・・・・

「今日は暑いので少し辛くしました!!」と・・・・出されたカレーはスパイスが効いていておいしかった、食べる度に少しずつ味が変わっているのも憎らしい、・・・・
   後味を楽しみ乍ら、秋の日差しの強い公園坂通りを下っていくと、手賀沼公園の木樹の下から、沼の水がキラキラと光って覗ける、スーッと流れくる風に"あびこ"を感じた。

最近読んだ「手賀沼文化拠点整備計画」に、文化拠点をつなぐ道と坂のネトワークとして公園坂を取り上げ、"公園坂らしい雰囲気づくり"というタイトルがあったのを思い出す。

   9月1日付け第1196号我孫子市広報一面の前文の中に"我孫子らしい歴史云々、我孫子らしい文化的なまちつくり云々と"らしい"が二度使われていた。

さて、考える、 "我孫子らしい"とはどんな事なのだろうか? 私達は何かを主張するとき、容易く"らしい、らしさ"を使う。
   男らしい、女らしい或は男らしさ、女らしさは何となく分るような気がするが、「我孫子らしさ」となると思考が交錯して中々以ってつかまえ難い。
   我孫子らしさとは何か、何があるのか、何を特徴とするのか、である、

一応頭の中に浮かんだ語呂を次の通り羅列してみた       
(抽象的)       (具象的)
あびこの 風景     手賀沼
あびこの 情緒     街並・街路
あびこの 人情     方言・伝説
あびこの 風土     古墳群
あびこの 歴史     遺跡・遺産
あびこの 文化     祭り・イベント
あびこの 行政 等   施設 等
と、二つの類型を連想することが出来る。
こう考えてくると、ズバリの"らしさ"もあるが、混然とした"らしさ"もあって、直ちに之が概念を定義づけることは難しい。

   そこで"我孫子らしい"と云うときには、良きにつけ悪しきにつけ、我孫子特有の何かを持っていなければならないのではないか とするものである。
   即ち我孫子には他の市町村と何か違ったものがなければならないことになる。
   しかし、沼の汚染度ワースト1とか2とかの様悪いほうの特徴は外して考えたい、これは特徴であっても誇れるものではない。

我孫子の持っている良いもの、宝物を見つけて、之に"らしさ"の衣を被せることである。
   財政の厳しい我孫子市には、金の掛ることを為そうとするのは中々難しいが、その中で一つでも"らしさ"を実現することが出来ればこそ、我孫子の未来に勇気を付けることになるのではないかと思う。

さて、我孫子の個性の実現に当面何があるであろうか。
   例えば、期待の都市計画道路3・4・14号線の完成も見えてきて、四囲の環境も整いつつあり、話題も盛り上っている公園坂通りは如何なものでしょう。

老人や子供や若者が和気藹々としてそぞろ歩きの出来る、他の町には見ることの出来ない景観、「水と緑と鳥の自然味豊かな手賀沼」を象徴とする我孫子らしさを実現することも願望の一つです。

   皆様と共に、更めて"我孫子らしさの意義とあり方"について語り、考えてみたいと思います。
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